谷川うさ子の「今日の一言」掲示板


この「谷川うさ子の今日の一言」と「掲示板」は、「ポルソナーレのカウンセリング・ゼミ」と、
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[4866] 「歩きスマホ」「電車の中でスマホピコピコながらスマホ」は、幻聴、幻覚の中を動き回っているという検証と証明 谷川うさ子 - 最新投稿 谷川うさ子 2018/03/05(月)16:10
[4866-1] 「歩きスマホ」「電車の中でスマホピコピコながらスマホ」は、幻聴、幻覚の中を動き回っているという検証と証明 谷川うさ子 2018/03/05(月)16:10
          西野亮廣(にしの
       あきひろ)が
       日刊ゲンダイ(平成
       30年3月1日)、
       「正直者のつぶやき」で
       「歩きスマホの
       何が悪い?
       公共マナーって
       何だ?注意
       する人は、
       気持ち悪い」と
       いっている。
       「周りの人は、歩き
       スマホに合わせろ」
       とも。


●西野亮廣「歩きスマホ」を怒る人って「気持ち悪い!」

 西野亮廣(にしのたかひろ)は、「ながらスマホ」についてこういっている。
 「歩きスマオの人は、視野の広さが全然違う。前から人が来たなと分かっている。
 もう生き物としての形、目の構造が変わっている。
 歩きスマホでは前が見えないという前提が正しかったら、もっと人が死んでいる。
 ホームから落ちているし、ぶつかっている」。(日刊ゲンダイ、平成30年3月1日号、「正直者のつぶやき」)。

●「歩きスマホ」の人の脳の働き方「視覚と聴覚のしくみ」を説明する

 西野亮廣のこの説明は、デタラメ以上のなにものでもない。
 脳の働き方から見た「目の働きとしくみ」、「耳の働き方としくみ」が何も分かっていないのに偉そうなことをイバって言っている、というのではない。
 「歩きスマホを行う人」は、スマホ(デバイス端末も)の「画面」に何を見ているのか?という問いの前提が無い。
 ただ、「見ながら歩き」の「行動」だけをとらえて「注意する人」「怒っている人」に対して「気落ち悪い」と批判する。そして「スマホ見ながら歩き」を擁護している。
 「スマホ見ながら歩き」とは、どういう行動のことをいうのか?
 暗い道路を歩きながら「画面」を見ている人もいる。
 雨の降る夜、自転車に乗りながら、カサをさして、画面を見ている人もいる。
 駅のホームで、並んで電車を待っているとき、電車のドアが開いていても画面を見つづけてじっと動かない人もいる。
 駅の階段を昇るとき、大勢の人が混み合っている中でスマホの画面を見て、周りの人の身体や荷物にぶつかったり歩みが止まる人もいる。
 これらの「スマホ見ながら歩き」は一体、何を見ているのか?
 それが真に問うべき問題なのである。
 西野亮廣はこのような問題が全く理解できない。

 スマホ(デバイス端末、パソコンも)を見るというとき、「画面に表示される内容はほとんどどうでもいいものを見ている。
 もちろん、どういう内容を見るのか?見ているのか?は、全く無関係ではない。供給サイドは、ずっと、いつまでも「画面を見させる」ために効果のあるものを見せたり工夫している。
 「スマホ見ながら歩き」の人が見ている一番のものは「電気ピカピカの画面、極彩色の色とりどりの文字、画像」なのである。
 電気ピカピカ、派手派手の色を見ている。

[4866-2] 谷川うさ子 2018/03/05(月)16:10
   ●スマホ、パソコン、デバイス端末は、「眼球」も「首から上の顔」も「静止」するから幻聴、幻覚をつくり出す

 脳の働き方のしくみとしての「目で見ること」を説明する。
 これは、今、世界の中でもポルソナーレのゼミ生の皆様しか理解できない。グーグルもアップルもマイクロソフトも、アマゾンも、フェイスブックも理解できない。ひょっとしたら分かっているのかもしれないが、何も言わない。
 「見る」は、自律神経が働いて「見た」「分かった」という「思考」をつくる。
 交感神経(Y経路、ベータ細胞)が、ゲシュタルト形態(決まりや約束の素材)を知覚して「像」をつくる。
 交感神経は「行動」(ものの動き)に感受性がある。
 動くものを知覚するし、人間も「動くこと」でゲシュタルト形態を知覚する。
 この交感神経の「視覚」が知覚したゲシュタルト形態を「認知」するのが副交感神経である。X経路、アルファ細胞(小細胞)という内容だ。「静止」に感受性がある。
 「光」「色」を知覚するし、認知する。
 脳の中の視覚神経の中で、X経路(副交感神経)は、「聴覚」なのである。
 「視床」で交感神経、外側膝状体=視覚、内側膝状体=聴覚となっている。視覚と聴覚は「共時的に働く」という。

●スマホ、パソコン、デバイスの画面は、「聴覚」が見る!! そして聴覚の本質にしたがって幻覚の像をつくり、幻聴のしゃべり、行動をつくる

 「スマホ見ながら歩き」とは、画面を副交感神経(聴覚)だけで見ている。
 目の「感覚」は働いていても、「見た」「分かった」というときは「右脳・虚像」に思い浮ぶ「像」のことをいうのである。
 「電気ピカピカ、極彩色とりどりとこの中の文字、文、画像」をい見る。
 眼球が固定している。
 首から上の顔も固定している。
 すると、「聴覚」だけがつくる「像」に合致するものを画面に表示してこれを見る。
 聴覚だけがつくる「像」を幻聴という。現実とは関係のない言葉、文字、文のことだ。
 聴覚も「像」をつくる。聴覚だけのつくる「像」が幻覚である。
 だから、スマホ、パソコンの「画面」に表示されるものは「幻聴」と「幻覚」と同義なのである。

●スマホ、パソコン、デバイス端末のつくる「像」は「アルコール依存」「マリファナ中毒」と同じ幸福感をつくり出す

 「歩きスマホ」とは、首から下の身体が動いているので、ごくわずかの瞬間、目の交感神経が働く。「行動」が現実の対象を瞬間だけ知覚するのだ。このときに人を避けてぶつかりを回避する。
 しかし、脳の中には「聴覚」がつくった幻聴と幻覚と同義の像が思い浮んでいて、この像を保つための文や画像を画面に表示させて見つづける。
 
 交感神経の「視覚」が働いていない「聴覚」だけの「像」は、「幻聴」「幻覚」という。
 弛緩、麻痺(まひ)をつくり、行動を静止させて、凝固させる。
 アルコール依存と同じ快感にしびれて食欲だけが働いて動けなくなる。
 徘徊と同じものが「スマホ見ながら歩き」だ。
 止まれば、トイレにも行けなくなる。


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[2018/11/13 07:41] 谷川うさ子の「今日の一言」掲示板 管理人 谷川うさ子